29回目の1.17

改めて。
今更ですが。
令和6年能登半島地震で被害に遭われた皆様方に
心からのお見舞いを。

いまだに正月飾りが地面に落ちている
崩壊した住宅とか見たら、
「・・・・・」としか。

そして、見れば見るほど思い出すのは
東日本大震災よりも
阪神淡路大震災の方だろうか。

区画が丸ごと焼け落ちたと見える輪島の朝市地区。
これがどうにも長田区の被災・火災後に重なって
見えてしまうんですよね。

そして電車の復旧は早かったけれど、
水・ガスの復旧に確か時間かかってなかったかな?
阪神淡路は?
今回も水道復旧にすごく時間がかかる、というニュース。

日頃何気なく使っているものでも
いざなくなるとそのありがたみがわかる、というもの。
本当に被災された方々は日々大変だろうな、
と思います。
きっとよくなる、と信じて今は日々を
過ごしてほしいなぁ、そう思います。

地震。
この備忘録でも何度か書いたと思うのですが。
気象の変動、例えば明日から極寒になる、とか
いうのは予報できるから
ある程度備えることができるけれど。
地震はやっぱり予報は無理なんだろうな。
予報・予知ができればこんなことにはならないだろうに。

でも聞けば、今回能登半島地方では予兆?
ともとらえられる群発地震があって、
人によっては1年以内に大震災になる可能性がある、
って言ってたの?ほんと?

これも毎度のことなのだろうけれど。
終わったことに後付けでなんとでも説明はできるけれど。
でもそういった情報の蓄積で、
そろそろ、いい加減、何らかの予兆はできないんだろうか?
いまだに30年以内に震度7が発生する確率は70%、とか。
そういうアバウトなラインが
やっと予知できる範囲なんだろうかね。

となると、やっぱり地震が発生した「後」のことが
いかに速やかに対処できるか、ってことに
なるんだろうけれど。

いや、やっぱりあれだけ道路がぐちゃぐちゃになって、
地面も4m隆起ですって?そんな状況になれば
救援のしようもないだろうに。
あまたの家の耐震化を強化するしか
手はないのかな?

政権与党も、裏金全部吐き出して復興に回す、
それくらいのことしてみたらいいのに。

そして、こういう事実を見たとき、
どうしても科学の限界、というのを感じてしまうんですよね。
科学は決して万能ではない、という一面ですね。

そうそう、今回の「予知」の話。
能登半島、最近やたらと大きな地震が
毎年のように発生していた気がするけれど。
改めて言われたら、ずいぶん忘れていたんだな、と。
でも今回の地震が震度7を記録してるし、
これが頂点であってほしいな。
せめて、もうあとは早く収まってほしいな。

今思うことはそれだけ。
何かできるのか?と言われたら
なーんにもできないけれど。
やっぱりこのクラスの地震や災害となれば
忘れずにいること、が肝心なのかな。

でも最近その「忘れちゃいけない大災害」が
毎年、毎季発生しているようで、
もうなにがなんだか。
冬場にはこういう大地震が発生して、
梅雨時、夏場には豪雨被害が発生して。

昔、ってこんなんだっけ?
東北地方で大型の地震が続いたこと(東日本大震災とは違う、
それ以前の地震)はいくつか覚えているし、
チリ大地震で東北の港に津波が押し寄せた、
というのも何気に覚えているけれど。

とにかくそれらは数年おき、という感覚だったのに。
九州では毎年豪雨被害が出ているし。
もうなにがなんだか。

そんな中、発災29年を迎えた1.17。
やっぱり語り継いでいくことは大切なことなんだろうな。
もう神戸市民の半数が1.17を実体験してない、
知らない、というデータもあるらしいけれど。

そう考えると、発災時に20歳だった人ももう50歳手前?
時の流れるのは早い、とは思うけれど、
それだけの期間、語り継がれてきたことは
とても意味のあることだと思うし、
映像記録がたくさん残っている、という面でも
日本人としてとても貴重なことなのではないかしら?

29年前。1.17と言えば、俺はまだ独り身で、
ピロティ式のアパートに一人住まい。
強烈に揺れた瞬間、ピロティの足が折れて
オイラ、アパートの下敷きになるのかな?
って一瞬思ったことはよく覚えています。
(オイラは2Fに住んでて、建物は5階建てだったの。
つまり、一番下の階だったわけで。

やっぱり年に1日、あの日のことを思い出す。
今でも割と細かく覚えている。
俺の住んでいる場所には、近くに同じオケの人も住んでいたから
いざとなれば転がり込もうか、とも思ったりしたけれど。
幸い、電気・水・水道は全部セーフでしたが。

でも電車が止まって出勤できなかった、
ってのはある意味こわかったな。

そか、もう29年たつのか。
あれからいろいろあったよなぁ、と思い出すのも、
またこの日の習慣になってるのかも。

あの頃の俺は、今の俺の状況なんて知らなかったもんな。
当たり前だけど。

それが、あーた、もうあっちへふらふら、
こっちへふらふら、親父のように
一生を定職で終わる、なんて縁遠い転職魔?
でも何かに導かれてる?助けられている?のかな。
レベルは違うけれど。
ひどい目に遭った後には、ちゃんとバランスよく
良いことがあるもんだ、とも最近思うようになりまして。

29年目の、29回目の1.17。
この地震大国から地震がなくなる日なんて来ないんだろうけれど。
まるでロシアンルーレットよろしく、
自分の所では発生しないでね、と願いつつも。
ここでは南海トラフ、という不発弾が眠っているというし。

なんであれ、やっぱり日々平穏に、普通であることが
素晴らしい、と認識するのが、1.17であり、
やがてめぐりくる3.11なんだろうな。
そして新たに1.1もここに加わるのかな。

どうか、天に栄光を、地に平和を。
この先進む道が穏やかでありますように。

* 年が明けて諸々ありまして。
いままでずっとかたくなに「月曜日の備忘」を目標にしていましたが、
この先、ある意味生活が激変することもあり、この先は不定期になるのかも。
まあ、がんばって月曜日定期便、にはしたいと思っていますが。
理由?それはまた来週にでも!



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